動機はリスクヘッジ
いい話も悪い話も最近あまり聞かなくなった感のあるレーシックですが、私は9年ほど前にやりました。
やっぱり当時もなんやかんや言われていましたが、私の一番の動機は「リスクヘッジ」でした。
一般的にはレーシックを受けることがリスクと捉えられがちですが、私の意見は違いました。
裸眼で0.03、コンタクトの度数でいうと-9.00 あたりを使っていた私は、メガネやコンタクトがない状態だとまず生活できません。
毎日の朝イチのタスクは「メガネ探し」でした。
すぐ見つかるときもあれば、うっかり寝落ちした翌朝なんかだと見つからないときは本当に見つからないんですよね。
現状を改善しないというリスク
それで常々感じていたのは
「夜中に大きな地震があったとき、これは生死を分けるのではないか」ということでした。
メガネが完全に日常生活のアキレス腱になっていたんですね。
気づいていないだけで、そういう人はかなり多いんじゃないかと思います。
目がほとんど見えない状態で、自分だけならともかく、例えば被災した家族を守れるのか?ということを考えたときに「明確なリスクである現状」と、「まだ医療業界の新興領域であったレーシックに対する漠然とした不安」を比べたときに、日頃のQOLの向上も見込めることもあり、レーシックを受けることにあまり迷いはありませんでした。
私としては「改善ができるにも関わらずド近眼のまま暮らすこと」がリスクだと感じたのです。
幸運なことに、その後特に問題なく生活できていますので、私の選択は(いまのところ)間違ってなかったのかなと思っています。
失敗しにくい気がする
私見ですが、おそらくレーシックは「眼球に対する外科手術」というイメージで色々と不安を感じてしまうのですが、実はかなりシンプルな施術なんじゃないかと思います。
病院のサイトを見ても色々説明がありますが、実際にはほとんど機械任せですし、ミスの入り込む余地があまりないように思います。
別にお勧めはしません
ちなみに、この記事は別にレーシックを勧めるものではありません。
私がやった動機をふと思い出したのと、私はやってよかったなという感想を述べているだけです。