相対性理論のせいで孤独を感じる

アインシュタイン特殊相対性理論によれば、早く動く人は時間の進み方が遅くなり、一般相対性理論によれば重力が強いところにいる人は時間の進み方が遅くなります。

 

人間は体積を持っているため、まったく同じ空間に存在することはできませんし、多少なりとも個別に活動します。そのため、ほんの僅かつづですがそれぞれの持っている時計にはズレが生じていきます。まったく同じ時間軸で生きている人はいないわけです。

 

例外は生まれたばかりの赤ん坊と母親でしょうか。同じ空間に存在し、同じ動き(速度)を共有していたため、生まれた瞬間までは時間軸は同じになるはずです。しかし生まれて母親から離れた瞬間から時間軸はズレていくことになります。

 

そして、そういう時間軸のズレは少しずつ大きくなっていきます。例えば私と妻にも、当然それぞれの祖先がいます。例えば平安時代に、何をしていたかはともかく、生きて子供を育てた(少なくとも産んだ)はずです。その祖先同士が仮に当時同じ時間軸で生きていたとしても、1000年ほど経っているわけですから、ズレも大きくなっていることでしょう。

 

そう考えると、私と妻は、私の時間軸で見れば今は結婚していますが、妻の時間軸で見た場合には必ずしも結婚しているとは限りません。パラレルワールドの話ではなく、認識している時間軸のギャップの話です。妻の時間軸が私に比べて過去に位置していればまだ結婚していないのかもしれませんし、逆に妻が私にとって未来の時間軸に生きていれば、もしかしたら離婚している未来に追いつくのが私なのかもしれません。

 

自分がいま見ている妻が、私の時間軸に追いつくまでにタイムラグがあるとしたら。私がいま妻にキスをしたことを妻が認識するのが妻の時間軸ではもう少し後だとしたら。

 

そんなふうに、自分と同じ時間軸で生きている人が誰もいないと考えると、ちょっと面白くて寂しいような、奇妙な孤独感を覚えます。